門司港から関門海峡を徒歩で渡って「歴史が動いた街」下関へ – 福岡旅行記4

日清講和記念館

2017年夏休み、友達と福岡旅行をした旅行記の4つ目です。

門司港から、関門トンネル人道を通って徒歩で関門海峡を渡りました。渡った先の下関では、下関で起こった重要な歴史の出来事に関するプチ観光をしました。

徒歩で関門海峡を渡って下関プチ観光

門司港から関門海峡を徒歩で渡って下関へ

前回の旅行記で乗車した「潮風号」の終点「関門海峡めかり駅」から、関門海峡を徒歩で渡ることのできる「関門トンネル人道」までは徒歩5分ほどでした。

門司港側からの関門橋
ここでは、関門橋全体を写しきるのは無理でした

関門トンネル人道の入り口にはエレベーターが有り、そこから地下トンネルに入ることができます。歩行者は通行料金無料で、自転車(押す必要あり)は20円のようです。

関門トンネル人道のエレベーター
このエレベーターで地中約50mまで移動します

地下は地上に比べて涼しいのかなと思っていましたが、そんなことは残念ながら無く、日差しがないぶんマシと言った感じでした。

関門トンネル人道、門司港側から
このトンネルの上には車が走っているそうですが、車の走行音は聞こえてきませんでした

全長780mの半分あたりで、福岡県(門司市)と山口県(下関市)の境界線があります。境界線を越えた瞬間「初めての山口県!」と思いましたが、よく考えてみれば往路の夜行バスで山口県を横断してました。

関門トンネル人道、福岡県と山口県の県境
海の下で県境にまたがる写真を撮れる(多分)唯一の場所

そして15分ほどで、下関側に到着。こちれもエレベーターが有るので、それで地上へと上がります。

関門トンネル人道
振り返るとここまで長い道を歩いてきたことが分かります
下関側から見た関門大橋
下関側から見た関門大橋

壇ノ浦の戦い

1185年源氏が平氏を滅亡させた「壇ノ浦の戦い」が起こったのは下関です。この戦いを機に鎌倉幕府ができ、武家社会へとなっていきました。
実際、関門海峡では源氏と平氏による激しい海戦が行われたようです。

壇ノ浦の戦い
関門海峡・下関を舞台に行われた戦い

関門トンネル人道の下関側のエレベータを出てすぐのところには壇ノ浦古戦場跡があり、源義経・平知盛の像が設置されていました。また、近くにある赤間神宮(写真撮り忘れました、ごめんなさい)では戦いで亡くなった安徳天皇を祀っていました。

壇ノ浦古戦場跡がある源義経・平知盛の像
壇ノ浦古戦場跡がある源義経・平知盛の像

平家の供養塔がある立石稲荷神社
平家の供養塔がある立石稲荷神社
暑すぎて階段をのぼる気になれなかったので中には入っていません

下関戦争

江戸末期、長州藩は攘夷(外国撃退)運動として、関門海峡を通る外国船に対して下関においた砲台から砲撃をしました。その結果として、米英仏蘭の四国連合艦隊から反撃を受けることになります。(もちろん敗戦)
これを機に長州藩は攘夷が不可能であることを知り、倒幕運動を進めることになりました。

外国艦隊に占領された壇ノ浦砲台
外国艦隊に占領された壇ノ浦砲台

こちらも関門トンネル人道の下関側のエレベータを出てすぐのところに壇ノ浦砲台跡があり、当時使用された大砲のレプリカが設置されています

下関戦争で使用された大砲のレプリカ
下関戦争で使用された大砲のレプリカ
こんな狭い海峡なら、通行する船を砲撃するのも容易に思われます

日清両国媾和条約締結

1894年から日清戦争が勃発し、近代化された日本軍は戦いを優位に進め、半年ほどで勝利します。そこで下関の春帆楼で講和会議が行われ、日清両国媾和条約(下関条約)が結ばれました。日本の勝利は西洋列強に大きな衝撃を与え、これを機に日本も列強の仲間入りを果たしていくことになります。
ちなみに、講和会議の時には関門海峡に日本の軍艦を集めて、清に日本の強さを見せつけたそうです。(この春帆楼からは、関門海峡がよく見えます)

日清戦争の講和会議の様子
日清戦争の講和会議の様子

現在、下関の春帆楼の前には日清講和記念館があり、そこでは講和会議の部屋が再現されています。

日清講和記念館
講和会議の部屋が再現されています
また、講和会議で使用された物なんかも展示されていました

残念なことに、中には冷房が効いておらずとても暑かったので、写真を撮って30秒で出てきました。行くなら春か秋が良さそうですね。

食べたかった「ふくバーガー」

せっかく下関に来たのだから、特産のふぐを食べたいです。ただ、刺し身とかを食べるとランチにしては高すぎる食事になってしまいます。そこで「ふくバーガー」というご当地バーガーなら、お手頃価格ということでカモンワーフ内にある「気まぐれダイニング てん」へ向かいました。

海沿いに有るショッピングモール「カモンワーフ」
海沿いに有るショッピングモール「カモンワーフ」

しかし、行ってみると「本日の営業を終了しました」的なことが書かれていました。ホームページの記載的には今日は営業日のはずですし、もちろん営業時間内です。あーなんでだろう。
しょうがないので、このお昼はモスバーガーで済ませることになりました。

下関駅は国鉄車両天国

お昼ごはんを食べた後、下関駅までは徒歩で向かう予定でしたが、あまりの暑さに耐えかねてバスで移動します。
この近辺では、2分に1本くらいのペースでバスが運行していて、私達の場合もバス停到着と同時にバスが来ました。

海峡ゆめタワー
木に隠れちゃってますが、海峡ゆめタワーが見えました
下関駅
JR本州最西端の駅です

山口県では、国鉄車両(国鉄時代に作られた車両)の割合が約98%と和歌山県に次いで高い割合となっています。(2017年)実際、下関駅でも国鉄車両だらけでした。

キハ47系、下関駅
キハ47系
クハ115系、下関駅
クハ115系
415系、下関駅
2つ並んだ415系
交流と直流の両方に対応しているので、関門トンネルを通るのに使われています(本州側は直流・九州は交流)

そして私達もこの国鉄車両に乗って、関門海峡をくぐり、小倉へと移動しました。

ポクくんのまとめの一言

かなり見どころのあった下関でしたが、暑さに負けて雑な観光になってしまいました。
夏季の旅行は室内観光を増やすなど、いろいろ工夫しなければいけないと感じました。

続きの旅行記